気温の逓減率について

気温の逓減率は,理科の教科書では0.65℃/100mとしているのに対し,地理の教科書では0.55℃/100mとしていますが,その理由は何でしょうか。

理科(気象学)で用いる気温の逓減率(lapse rate)には,

  1. 乾燥した気塊が上昇する際に体積膨張によって気温が下がる場合の乾燥断熱減率(0.976℃/100m)
  2. 水蒸気で飽和した気塊に対する湿潤断熱減率(気圧・気温によって異なるが,0.5〜0.7℃/100m)
  3. 周囲の大気の温度の逓減率(environmental lapse rate)

があります。ここで問題となるのは上記3.です。

地球全体の大気を平均した場合の気温の逓減率は0.65℃/100mといわれ,航空機などの気圧式高度計の更正のために採用されている「国際標準大気(15℃,1013.25hPa)」の気温逓減率にも,この値が用いられています。

しかし,この値は,山や建物のような地球表面の物体の影響を直接受けない高層の大気(自由大気)について適用できるものであり,あくまで平均化した大気の目安の数値となります。通常高度計は,その日の地上気圧と気温で補正を行い,正確な高度を測定しています。

また,山地に接した大気の場合には,地表からの放射や大気の乱れなどに強く影響されるため,気温の逓減率は地域的・時間的に著しく変化に富んで,一般に自由大気より若干小さい0.5〜0.6℃/100mとなるといわれています。0.55℃/100mという値は,次の吉野正敏著『新版小気候』(地人書館,p.22〜23)を根拠としています。

「今日えられている,山岳における気温逓減率に関する知識は,おそらく,ハーンの『気候学教本』第3版(Hann, 1908) において最初に総合されたものではなかろうか。ここで,熱帯の12の山地では,100mについて0.51〜0.64℃,熱帯外の24の山地で は,0.45〜0.67℃,結局,赤道から北緯60°付近までの山岳における逓減率は,平均として0.55℃/100mとしてよかろうと結論した。」

例えば,植生地理において,ある標高の高い地点の温度環境を麓の都市の気候値から推定しようとする場合,理論値である0.65℃/100mを用いると問題となることが多く,実測値である0.55℃/100mが多くの論文で現在も使用されています。

教科書では,実際に使える値を重視して,0.55℃/100mという値を掲載しています。0.55という値が古いもので,0.65という値が新しいという意味ではなく,理論値と実測値の違いです。